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松江地方裁判所 昭和45年(ワ)19号 判決 1971年10月06日

原告

竹谷時男

代理人

野島幹郎

被告

大同木材工業株式会社

右代表者

米原穣

代理人

多田紀

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一、原告は昭和四四年七月七日被告会社に雇傭され、同日から日給金九五五円で境港市外江町三、六六〇番地にある被告会社境港工場に勤務していた者であること、原告は同四五年一月一二日、右工場若鳩寮において、同寮長中尾安志を通じて、被告より「先日の行為は会社に多大の不名誉を与えた。よつて昭和四五年二月九日をもつて解雇に決定した。」旨の同年一月一〇日付の書面による解雇の意思表示を受領したことは当事者間に争いがない。

二、そこで次に被告がなした本件解雇の効力について検討する。<証拠>によれば、被告会社の就業規則(昭和四〇年五月三日制定、以下本件就業規則という)第四二条には、「新たに雇入れられた従業員には六ケ月以内の試用期間を置く。但し本採用規程に合格できない者は更に延長する事ができる。本採用規程は別に定める。」と規定されており、その後、同四四年一二月一日締結された労働協約(以下本件労働協約という)第一六条には「会社は、新規採用者の試用期間は六ケ月以内とし、その成績により本採用とする。試用期間は本採用後の勤務年数に通算する。」旨規定されていること、本件労働協約はその第七条により「組合員のみに適用される。」ことになつていること、試用者は右協約第六条第二号所定の「仮採用者」に該当し、非組合員であることが認められる。ところで乙第一〇号証によれば被告会社労働組合執行委員長大石文二は「従業員の試用期間に関しては本件労働協約締結以後は事実上本件就業規則の適用が排除され、非組合員である試用者に対しても本件労働協約第一六条が優先して適用される労使慣行が成立していた。」旨供述している事実が認められるが、右供述記載は成立に争いのない乙第一四号証ならびに証人徳田耕吾の証言及び弁論の全趣旨に照して採用できず、他に右供述記載にあるような労使慣行が成立していたことを認めるに足る証拠はない。従つて六ケ月の試用期間経過後本採用にならなかつた試用者については本件就業規則第四二条が適用されるものというべきであるところ、原告は前記のとおり昭和四四年七月七日に被告会社に雇傭されたのであるから同四五年一月六日の経過と共に同条の定める六ケ月の試傭期間を終了したものである。しかしながら本件解雇の意思表示が原告に到達した同四五年一月一二日までの間に被告会社が原告に対し本件労働協約及び就業規則で定める本採用の意思表示をしたと認めるに足る証拠がないから、右昭和四五年一月六日から同月一二日までの間、原告が被告会社においていかなる地位をしめていたかが問題となる。

<証拠>を総合すると次の事実が認められる。被告会社常務取締役兼工場長で原告等工員につき雇傭及び解雇等人事権を事実上社長から委任されている訴外徳田耕吾(以下徳田という)は後記認定のとおり、原告が同僚・上司らとの協調性に乏しく業務習得の熱意と責任感を欠いていたので、試用期間の満了日である昭和四五年一月六日当時既に原告が被告会社の従業員として不適格であると判断していたが、被告会社のような中小企業では人手不足の折柄工員を新規採用するのが仲々困難であつたので、その後原告の勤務態度が改り、被告会社の工員としてふさわしい人物になつたときは本採用にしようと考え、原告に対し就業規則に基づく試用期間の延長を告知せず引続き勤務させてその行動を観察していたが、原告にはその後も職務に対する熱意及び努力が認められず、しかも同月九日食堂で昼食中、口に含んだ食物を食卓の上に吐き出し、周囲で共に食事をしていた人々に嫌悪感を与えるという無作法な行為をあえてしたので、これ以上原告の雇傭を継続することはできないと決意し、その日の午後事務員の訴外吉田富貴子に原告に対する解雇通知を作成させ、翌一〇日これを原告に交付しようとしたが、原告が同日無断欠勤し翌一一日は日曜で不在であつたためこれを果さず、翌一二日夜原告が帰寮した際寮長中尾を通じて右解雇通知書を交付した。以上の認定を覆えすに足る証拠はない。

右事実によれば原告の試用期間の満了日である昭和四五年一月六日頃被告会社は原告に対し黙示による試用期間延長の意思表示をしたものと認めるのが相当であり、前記認定のような事情の下においては、右試用期間の延長は本件就業規則第四二条に違反しないものと解するのが相当である。従つて本件解雇の意思表示がなされた当時原告は被告会社の試用工たる身分を有していたものといわなければならない。

前記認定事実に<証拠>を総合すると本件就業規則には「新規採用者の試用期間は六ケ月以内とする」旨の規定があるが、右は従業員の雇傭期間を定めたものではなく、文字どおり新規採用者の試用期間を定めたものであり、被告会社の従業員の雇傭期間については何等定めのないこと、被告会社は民法上の雇傭契約の解約として本件解雇の意思表示をしたものであることが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。右のように雇傭期間の定めのない雇傭契約については使用者において労基法第二〇条第一項により少なくとも三〇日前にその予告をして当該雇傭契約の解約を申し入れることができ、労働契約、就業規則及び労働協約等により右解約申し入れの理由につき制限が付せられていない以上、使用者は原則として予告解雇の自由を有し、右解雇が解約権の濫用に当らぬ以上有効なものと解するを相当とするところ、試用期間は労働者の職務上の能力、人物を判断することを目的として設けられたものであるが、労働契約と別個の契約ではなく、試用の当初から労働契約が締結されているものであり、従つて本件就業規則中普通解雇に関する規定は試用工にも適用されるものと解せられるところ、<証拠>によれば本件就業規則には従業員の普通解雇に関し次のような規定の存することが認められる。

第四七条 従業員が左の各号の一に該当するときは三〇日前に予告するか三〇日の平均賃金を支給した上解雇する。

一 打切補償を行つた者で解雇の必要ある時、

二 精神若しくは身体に故障があるか疾病の為業務に堪えないと認めた時、

三  天災事変、その他やむを得ない業務上の都合に依る時、

四  その他、前各号に準じたやむを得ない事由のあるとき、

右規定はその体裁及び内容よりみて解雇理由制限の特約と解するのが相当であるから、本件解雇が右規定の要件を充足しているかどうかが問題となる。

前記のとおり昭和四五年二月九日付をもつて解雇する旨の本件解雇予告の意思表示は、同年一月一二日原告に到達しているのであるから、右解雇予告は右就業規則及び労基法所定の三〇日の予告期間に二日不足している。しかしながら使用者が解雇の日を固執しない限り、解雇の意思表示があつた日から三〇日を経過したときに解雇の効力を生ずるものと解するのが相当である(最高裁昭和三五年三月一一日判決参照)ところ、証人徳田耕吾の証言によれば前記被告会社の二月九日をもつて解雇するとの意思表示は三〇日の予告期間を置くという趣旨であり、同日の解雇を固執しているものではないと認められるので、本件解雇は被告会社の解雇の意思表示が原告に到達した一月一二日の翌日から起算して三〇日を経過した二月一二日に解雇の効力が発生したものと解するのが相当である。そこで次に本件解雇が前記本件就業規則第四七条に定めた事由を備えているかどうかにつき判断する。

被告会社は前記のとおり原告が職務怠慢、低能率で協調性がなく被告会社の従業員として不適格であることを理由として解雇したのであるから、本件就業規則第四七条第一、二号を理由とするものでないことは明らかである。そこで右のような事情が、同条第三号の「その他やむを得ない業務上の都合に依る時」或は第四号の「その他前各号に準じたやむを得ない事由のあるとき」に該るかどうかが問題となる。

前記のとおり、使用者は原則として予告解雇の自由を有しており、解雇は、一般に職務怠慢、低能率、職場秩序紊乱等の欠点のある労働者を職場から排除し、良質の労働者と交替させるために行なわれることが多く、このような場合欠点の著しい場合は懲戒解雇が許されることもあるが、それ以外は普通解雇による他はないのであるから、右の「その他やむを得ない業務上の都合に依る時」の内に右のような欠点のある労働者を職場から排除する必要のある場合も含むものと解するを相当とする。

ところで試用期間を設ける趣旨は、前記のとおり現実に労働者を稼働しめて社員又は従業員としての能力ないし適格性を調査・判断することにあるから、試用工が業務の習得に熱意がなく、上司の指導に従わず、技術も劣り協調性が乏しいため、将来本採用にする見込が極めて薄いときは、右の「やむを得ない業務上の都合に依る」普通解雇が許されるべきところ、<証拠>を総合すると原告には次のような欠点のあつたことが認められる。

(一)  原告の勤務態度

原告は、昭和四四年七月七日被告会社の境港工場の合板工として仮採用となり同工場若鳩寮に居住していた。

被告会社では仮採用工員をロータリー班、ドライヤー班、切断班等に順次配属し、技術を見習い習得させることにしていたが、原告はいずれも始めての作業であるから技術面で未熟であるのに、上長の指導・指示に従わず同僚との間にもとかくのトラブルがあつた。例えばドライヤー班所属当時、ロータリーで巻取つた単板を合板にする前にドライヤー(乾燥機)にかけて乾燥させる仕事に従事していたのであるが、四基のドライヤーを各チーム(四〜五人編成)が各週毎に順番に交替して使用するにつき、原告は部署の回転に応じないことがあつた。ドライヤーの作業は単板の差し手と受け手の呼吸が一致しないと能率が上らないにも拘わらず原告はとかくその調和を乱し、個人プレーに走ることが多く、上長の指導にも拘わらずその態度を改めようとはしなかつた。切断班に所属していた当時、切断された単板を機械の前方で二人向い合つて取る作業に従業中、二人が協調して作業をしなければならないにも拘わらず、原告は相手方を無視し、故意によそ見をしたり横を向いたりし、仕事振りは緩慢であつた。

(二)  寮生活における態度

原告は、生来無口な性格ではあつたが、寮生と日常の挨拶を交わすことも少なく、レクレーションにも参加せず、寮生の共同使用の洗濯機を独占して譲り合わないこともあり、極めて協調性に乏しかつた。

昭和四四年一一月一五日の夜、原告は寮生の長尾、大倉、浜田、香川等と飲酒雑談中、些細なことから口論となり、長尾から下駄で頭を殴られたことに立腹、興奮のあまり、わざわざ警察官を呼んで事情を説明した。

同四五年一月九日食堂で昼食中、当日原告は朝から胸やけがして気分が悪かつたこともあつたが、口に含んだ食物を食卓の上にパッと吐き出し、周囲で共に食事をしていた人々に嫌悪感を与えた。

以上認定に反する甲第一六号証の供述記載は前掲各証拠に照して信用できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右事実によれば原告は試用工として業務の習得に熱意がなく上司の指導に従わず、技術も劣り低能率で、協調性にも乏しく集団生活にもなじまなかつたことが認められるから、原告には本件就業規則第四七条第三号の事由が存したものと認めるのが相当である(なお被告会社は、寮の食物が不潔だと虚偽のこと云つて原告がこれを松江保健所に持参したことを解雇の一理由としているが、前掲甲第一六号証に証人徳田耕吾の証言を総合すると右は被告会社が本件解雇を決定した日の翌日である一月一〇日の出来事であることが認められるから、これを本件解雇の理由として斟酌することはできない。)

よつて本件解雇は有効であるから、原告の被告会社に対する従業員たる地位の確認及び賃金請求は理由がなく、又本件解雇の無効を前提とする損害賠償請求もその余の点を判断するまでもなく失当であるからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(元吉麗子 野間洋之助 今井俊介)

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